コンロン地下闘技場編21
二回戦決着。
続きは小説です。
"親という存在"
少女は呼んだ。
だが、声は届かない。
厳密に言えば、声を発していたかすらも分からない。
記憶には、無い。
"親の名前"
親と呼べる人物が、言葉を発することは無かった。
厳密に言えば、言葉は発していたのかもしれない。
それを理解する事が出来なかった。
記憶には、無い。
"目の前に飛び散る鮮血"
それは誰の血なのかは分からない。
だが、それが致命傷であることだけは理解出来た。
死という恐怖を。
少女の前で繰り広げられる、生死を掛けた戦い。
血飛沫をあげたのは、少女の親と呼べる存在。
崩れ去る親と呼べる存在。
そして、親と呼べる存在の向こうに見えた、"真紅の髪をした者"。
記憶には、有る。
「ダアアアアァッ!!」
ズドォンッ!
ケビンは己の関節を意図的に外し、リーチの長い斬撃を放った。
しかし、それは対するジルに軽々と、回避される。
ガシッ!
「あっ…!?」
腕を元に戻し切る前に、ジルはそれを左手で掴んだ。
「ヌゥンッ!」
ブォンッ!
「わ、わぁ!?」
そのまま、ケビンの体を自分の頭上を通り過ぎるように振り、地面へと叩きつける。
ズドオオォンッ!
「…あっ!ガッ…!」
受け身を取る暇すらないほど、周囲の地面を陥没させるほど強烈に叩きつけられ、ケビンは全身を駆け巡る痛みに顔を歪める。
「動かぬ地面の前では……お前の柔らかさなど無意味!!」
ズオォッ!
ジルはそのままケビンを引きずるように周囲を一回転させ、勢いよく放り投げる。
ガガァンッ!
壁に減り込むように衝突し、再び激痛が体を走る。
(……つ…強すぎ、る………)
最早声も出ない。
自分の能力を使う暇もない。
圧倒的な戦力差を前に、悔しさと絶望感が押し寄せる。
(ゴメン……マサオ氏………)
最初から彼女の言う通りにしていたら、こんな事にはならなかっただろうか。
今となっては遅い、取り返しのつかない現実。
カラッ
(…………マサ……オ…氏……?)
ケビンが顔をあげたその視線の先。
そこには、気を失ったはずの己がパートナーの姿があった。
ジルはその一瞬の気配を感じ取り、ゆっくりと振り向いた。
全身に傷を負った女、先ほど自分が気絶まで持っていったはずのマサオが、そこに立っていた。
両肩を落とし、腕をだらりと下げ、表情は分からない。
中々根性がある。
ジルはそう思った。
次の瞬間、
ゾクッ!
ジルは全身から湧き上がる震えを止める事が出来なかった。
悪寒。
まるでとてつも無く嫌なものを前にしてしまったかのような震え。
それは、今思えば
ユラッ
恐怖そのものだったのかもしれない。
体に向けられる、純粋なほど無垢で、清々しい程の
"殺気"
フッ!
相手が、消えた。
残影だろうか。
ジルは考えた。
違う。
いくら残影と言えども、気配ぐらいは感じ取れる。
その者が動いた軌跡は、追う事ができる。
それが、全く無いのだ。
ザシュッ!
次に体が感じ取ったもの。
それは、体の横を何かが通過する、小さな空気が振動するだけの軌跡。
その跡に残ったもの。
まるで銃弾でも掠めたかのように、小さく抉れた、"己の右腕"。
バッ!
ジルは振り返った。
振り返らざるを得なかった。
だが、そこに待っていたのは、
ゴオッ!
ようやく視認することのできた、腕を振りかぶり、今まさにジルの頭部にそれを振り下ろさんとする、"マサオの姿"。
その瞳を見、ジルは何を思ったか。
それが"畏怖の感情"であると理解できたのは、数秒後の話である。
フオッ!
次に視界に映った者を、ジルは知っていた。
大鎌を構え、姿を現したと同時に、スパイラルピアースを放った、己のパートナー"ダズ"を。
その瞳は、金色に。
既にバフォメットの力を開放していた。
グルンッ!
目の前に現れた、"マサオの姿をした者"は、空中で体を回転させた。
何のためか、瞬時に理解できた。
バキャアッ!
回転をかけて放たれた右足は、ダズのスパイラルピアースをいとも簡単に"蹴り飛ばした"。
空中で、防がれた。
理解できない、理解の及ばない反撃。
そう考えた次の瞬間、
メキッ!
"マサオの姿をした者"、その残された左足が、ダズの腹部に減り込んでいた。
バキッ!ゴキィッ!
音が、辺りに響き渡る。
骨が軋み、折れるような、鈍い音が。
ジルはダズの名を呼ぼうとした。
確実に骨が折れ、重傷を負ったであろう彼女を。
しかし、それは悪手。
その行為に及んでしまえば、私は目の前の者に、
"殺される"
「アアアアアアアアアアアアアッ!!」
ドゴオオオオォォンッ!!
気付いた時にはもう、ジルは両腕をマサオの頭に叩きつけていた。
チャンスは今しかない。
ダズが作ったその一瞬だけが、勝敗を左右する。
"死への恐怖"が、ジルを掻き立てた。
会場は静かに、それを見守っていた。
地に足をつき、立っているのは、ジルだけである。
「ハァッ!ハァッ!ハァッ…!」
その彼女自身も肩で息をし、顔は青ざめ、まるでこの世の終わりを見た来たかのような絶望感を表情に表している。
マサオは地に伏せ、ダズは吹き飛び倒れ、闘技場は見るも無惨な状態だった。
「……マサオ、氏………」
ヨロヨロと、傷付いた足でゆっくりとケビンが歩く。
パートナーは気絶し、動かない。
「……もう、いい……降参だぁ………」
ケビンは無念を顕に、告げた。
「ワシらは……降参する……」
前代未聞の幕引きであった。
誰もが圧倒的な勝利を疑わなかった三国戦争の英雄達の戦いは、終わってみれば重傷、気絶、大怪我と、ひどいものであった。
彼女達の対戦相手、マサオやケビンが重傷を負ってしまったのであればわからなくもない。
それが肋骨が折れ、内臓にまで傷をつけ、意識不明の重体にあるダズのことだというのだから、その結果には目を疑わずにはいられないだろう。
「な?言ったろ?"マサオが勝つ"って」
未だざわめく闘技場の観客席で、サツキは自慢気に言った。
だが、そう簡単に納得できるものではない。
「……信じられない……マサオにあんな力があったなんて……」
誠は試合が終わり、担架で運ばれる選手達を見、冷や汗をかいていた。
「……あれが本来のマサオの力、だとでも言っておこうか。正直複雑ではあるがな……」
アヘンは誠にそう告げる。
しかし、その表情はどこか寂し気だった。
「……ダズさんが心配だな。あれは下手をすれば命にも関わるんじゃ……って、おいサツキ、どこいくんだ?」
横で立ち上がり、歩き始めたサツキを、誠が呼び止める。
「ちょっくらダズの様子を見てくるだけだ。すぐ戻る」
そのサツキを、誠は止めることが出来なかった。
決意に満ちた表情で、サツキは医務室へと歩みを進めて行った。
続きは小説です。
"親という存在"
少女は呼んだ。
だが、声は届かない。
厳密に言えば、声を発していたかすらも分からない。
記憶には、無い。
"親の名前"
親と呼べる人物が、言葉を発することは無かった。
厳密に言えば、言葉は発していたのかもしれない。
それを理解する事が出来なかった。
記憶には、無い。
"目の前に飛び散る鮮血"
それは誰の血なのかは分からない。
だが、それが致命傷であることだけは理解出来た。
死という恐怖を。
少女の前で繰り広げられる、生死を掛けた戦い。
血飛沫をあげたのは、少女の親と呼べる存在。
崩れ去る親と呼べる存在。
そして、親と呼べる存在の向こうに見えた、"真紅の髪をした者"。
記憶には、有る。
「ダアアアアァッ!!」
ズドォンッ!
ケビンは己の関節を意図的に外し、リーチの長い斬撃を放った。
しかし、それは対するジルに軽々と、回避される。
ガシッ!
「あっ…!?」
腕を元に戻し切る前に、ジルはそれを左手で掴んだ。
「ヌゥンッ!」
ブォンッ!
「わ、わぁ!?」
そのまま、ケビンの体を自分の頭上を通り過ぎるように振り、地面へと叩きつける。
ズドオオォンッ!
「…あっ!ガッ…!」
受け身を取る暇すらないほど、周囲の地面を陥没させるほど強烈に叩きつけられ、ケビンは全身を駆け巡る痛みに顔を歪める。
「動かぬ地面の前では……お前の柔らかさなど無意味!!」
ズオォッ!
ジルはそのままケビンを引きずるように周囲を一回転させ、勢いよく放り投げる。
ガガァンッ!
壁に減り込むように衝突し、再び激痛が体を走る。
(……つ…強すぎ、る………)
最早声も出ない。
自分の能力を使う暇もない。
圧倒的な戦力差を前に、悔しさと絶望感が押し寄せる。
(ゴメン……マサオ氏………)
最初から彼女の言う通りにしていたら、こんな事にはならなかっただろうか。
今となっては遅い、取り返しのつかない現実。
カラッ
(…………マサ……オ…氏……?)
ケビンが顔をあげたその視線の先。
そこには、気を失ったはずの己がパートナーの姿があった。
ジルはその一瞬の気配を感じ取り、ゆっくりと振り向いた。
全身に傷を負った女、先ほど自分が気絶まで持っていったはずのマサオが、そこに立っていた。
両肩を落とし、腕をだらりと下げ、表情は分からない。
中々根性がある。
ジルはそう思った。
次の瞬間、
ゾクッ!
ジルは全身から湧き上がる震えを止める事が出来なかった。
悪寒。
まるでとてつも無く嫌なものを前にしてしまったかのような震え。
それは、今思えば
ユラッ
恐怖そのものだったのかもしれない。
体に向けられる、純粋なほど無垢で、清々しい程の
"殺気"
フッ!
相手が、消えた。
残影だろうか。
ジルは考えた。
違う。
いくら残影と言えども、気配ぐらいは感じ取れる。
その者が動いた軌跡は、追う事ができる。
それが、全く無いのだ。
ザシュッ!
次に体が感じ取ったもの。
それは、体の横を何かが通過する、小さな空気が振動するだけの軌跡。
その跡に残ったもの。
まるで銃弾でも掠めたかのように、小さく抉れた、"己の右腕"。
バッ!
ジルは振り返った。
振り返らざるを得なかった。
だが、そこに待っていたのは、
ゴオッ!
ようやく視認することのできた、腕を振りかぶり、今まさにジルの頭部にそれを振り下ろさんとする、"マサオの姿"。
その瞳を見、ジルは何を思ったか。
それが"畏怖の感情"であると理解できたのは、数秒後の話である。
フオッ!
次に視界に映った者を、ジルは知っていた。
大鎌を構え、姿を現したと同時に、スパイラルピアースを放った、己のパートナー"ダズ"を。
その瞳は、金色に。
既にバフォメットの力を開放していた。
グルンッ!
目の前に現れた、"マサオの姿をした者"は、空中で体を回転させた。
何のためか、瞬時に理解できた。
バキャアッ!
回転をかけて放たれた右足は、ダズのスパイラルピアースをいとも簡単に"蹴り飛ばした"。
空中で、防がれた。
理解できない、理解の及ばない反撃。
そう考えた次の瞬間、
メキッ!
"マサオの姿をした者"、その残された左足が、ダズの腹部に減り込んでいた。
バキッ!ゴキィッ!
音が、辺りに響き渡る。
骨が軋み、折れるような、鈍い音が。
ジルはダズの名を呼ぼうとした。
確実に骨が折れ、重傷を負ったであろう彼女を。
しかし、それは悪手。
その行為に及んでしまえば、私は目の前の者に、
"殺される"
「アアアアアアアアアアアアアッ!!」
ドゴオオオオォォンッ!!
気付いた時にはもう、ジルは両腕をマサオの頭に叩きつけていた。
チャンスは今しかない。
ダズが作ったその一瞬だけが、勝敗を左右する。
"死への恐怖"が、ジルを掻き立てた。
会場は静かに、それを見守っていた。
地に足をつき、立っているのは、ジルだけである。
「ハァッ!ハァッ!ハァッ…!」
その彼女自身も肩で息をし、顔は青ざめ、まるでこの世の終わりを見た来たかのような絶望感を表情に表している。
マサオは地に伏せ、ダズは吹き飛び倒れ、闘技場は見るも無惨な状態だった。
「……マサオ、氏………」
ヨロヨロと、傷付いた足でゆっくりとケビンが歩く。
パートナーは気絶し、動かない。
「……もう、いい……降参だぁ………」
ケビンは無念を顕に、告げた。
「ワシらは……降参する……」
前代未聞の幕引きであった。
誰もが圧倒的な勝利を疑わなかった三国戦争の英雄達の戦いは、終わってみれば重傷、気絶、大怪我と、ひどいものであった。
彼女達の対戦相手、マサオやケビンが重傷を負ってしまったのであればわからなくもない。
それが肋骨が折れ、内臓にまで傷をつけ、意識不明の重体にあるダズのことだというのだから、その結果には目を疑わずにはいられないだろう。
「な?言ったろ?"マサオが勝つ"って」
未だざわめく闘技場の観客席で、サツキは自慢気に言った。
だが、そう簡単に納得できるものではない。
「……信じられない……マサオにあんな力があったなんて……」
誠は試合が終わり、担架で運ばれる選手達を見、冷や汗をかいていた。
「……あれが本来のマサオの力、だとでも言っておこうか。正直複雑ではあるがな……」
アヘンは誠にそう告げる。
しかし、その表情はどこか寂し気だった。
「……ダズさんが心配だな。あれは下手をすれば命にも関わるんじゃ……って、おいサツキ、どこいくんだ?」
横で立ち上がり、歩き始めたサツキを、誠が呼び止める。
「ちょっくらダズの様子を見てくるだけだ。すぐ戻る」
そのサツキを、誠は止めることが出来なかった。
決意に満ちた表情で、サツキは医務室へと歩みを進めて行った。
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