外伝「頼まれのヒオウ」
まっちんが書いてくれたSSをほぼそのまま投稿。
三国戦争編の裏話をどうぞ。
(どうしてこうなった……)
先程から自分の頭をめぐるのは、その一言のみである。
「おい、"ヒオウ"。何をボケっとしてるんだ。テキパキ進めろ。次はこっちだ」
藍色の髪をかきあげて、セージキャッスルの若き主が指示を出す。
その対面のテーブル先には、男性セージ用のローブに身を包み、金髪をうなじのあたりでくくった少年。
もとい、顔立ちや身のこなしからして"少女"であろうか。
その若き主の幻想の羽ギルド、一時預かり"ヒオウ=ナノスイ"。
この物語の主軸となる彼女。
"に変装した"、プロンテラ王国WaterCarnivalギルド所属のレンジャー"マツリ=キサラギ"が、目の前に山積みにされた書類を見、呆然とする姿が其処にはあった。
事の発端は些細なことである。
以前、街で流行っていた書物。
その名も"境界線上のカプラ伝説"。
極東の地にある"天津"の国を舞台に、修行の身にあるカプラ達がいる学園を取り巻く騒動を描いた、ファンタジー小説である。
最近、続編が出たこともあり、その作品の一巻が図書館に入荷したそうだ。
それを是非とも目にしてみたいと零していた、とある"おてんば娘の"ささやかな我儘。
少女は一身上の都合で、気軽に書店や図書館といった"表"に出ることができない。
かと言って、誰か人を使うような大げさなことでもない。
「買ってこようか?」という提案に、少女は首を縦に振らなかった。
ならば「借りてくるのなら問題ないかな?」と提案すれば、首を縦に振ったのだ。
そんな我儘を聞いてあげようと、マツリは滅多に行かない図書館へと足を向けたのがきっかけである。
プロンテラ図書館の蔵書量をマツリは詳しく知らなかったが、少女曰く「絶版や何か特殊な理由がない限り、国中の本が納められている」とのこと。
以前、個人的に受けた仕事でプロンテラ・ジュノー両国の図書館へ入ったことはあり、確かにもの凄まじい量の本だったことは記憶していたので「プロンテラになかったらジュノーに行けばいいかなー」程度に、ふんふんと鼻歌なんぞ歌いながら、ちょっとした観光気分に浸りながらプロンテラ図書館に入れば、なんとお目当てのものは貸出中。
続巻が発表されたこともあり、予約者だけで数週間待ちの状態。
ジュノー図書館も似たような状態とついでに教えられ、これは困ったものである。
大見栄を切った手前、いくら何でも手ぶらでは格好悪すぎると考えていると、
「その本なら持ってるから、貸してやろうか?」
何ともありがたい申し出が後方から聞こえ、正直テンパっていたマツリは、相手を確かめずに「是非!」と返事をし、改めて相手の貌を確認しようと振り返ると、
「よう、奇遇じゃないか」
ジュノー所属であり、立場的には"偶然いるはずのない人物"。
いたずらが成功したチャシャ猫のようにニヤニヤと笑みを浮かべた
ソーサラー・"アリル=パティシア"の姿がそこにあった。
「貸してもらうレンタル料代わりに仕事を手伝え」
その条件のため、冒頭へと戻るのだが。
仕事というのは、書類整理と資料集めといった事務作業。
それだけなら、マツリとしては文句はなかった。
事務作業は得意ではないが、ギルドに所属している関係上、書面作成はどうしてもついて回るものであり、三か国同盟後はサブマスターである姉・ダズが最近他国に行ってしまっていることもあり叔父のタイタンがそれのサポートをしているので、多少の心得はあるので問題はない。
しかし現在の状態は如何なものであろう。
「なんで男装して偽名まで名乗らなくちゃいけないの?アリるん」
仕事はさておき、現在の自分の姿には納得がいかない。
という思いを込めて視線を向けるが、「アリるん」と呼ばれたから返事をしないのか、それともそれどころではないのか、黙々と書類を片付ける姿があり、よくよく聞いてみれば、
「最前線に出ていたアタシが知るか」
「自国のものすら管理できていない無能が」
「侵入されたのはお前らの落ち度だろう。他国に責を求めるな」
「このロリコンどもめ」
最後の言葉は最早私事と言えるようなものだが、国際問題ところか第二次三国戦争が起きそうなほど物騒なことを言っている、セージキャッスルの若き主である彼女。
ちなみに書類の山は始めた頃に比べれば減っているのだが、反比例して彼女の眉間の皺は増えている。
(これは結構キテるな……)
マツリは内心思わず冷や汗をかいた。
書類整理、資料探しを手伝っているので簡単なことは把握できたが、現在アリルが行っているのは先の大戦の際に起きた"ラヘル神殿爆破テロ"に関してである。
ジュノー・セージキャッスルとしてはその件については預かり知らぬことである。
ということを延々と小難しそうな文章と必要な書面へのサインを作成している。
マツリとアリルは所属国は違えど、その事件が起きた頃には国境間際にあり、またその際に多くの部下を伴っていたことから証言も確かで、介入が不可能である。
というのがプロンテラ/前線一同からの正式な回答で、ジュノーも似たようなもの。
爆破をしたのは三か国戦争中に動けた別のテロ組織ではないか?というのが、プロンテラ・ユノンからの意見を訊いたのは少し前のこと。
立場のある人は何かと大変なのか、この話を聞いたときユノン様の貌が若干、引きつり気味だったので覚えていた。
(余談だが、事の真犯人はマツリの、彼女の叔父"タイタン"であり、潜入を指示したのはユノン本人である。勿論ユノンにそのようなつもりはなかったのだが。結果こうなってしまった以上、二人は未だこの事実を隠蔽しようとしている。マツリはその事をこの段階では知らない。詳しく三国戦争編おまけを参照)
そんな記憶の引き出しを漁りつつ、一息入れるためのお茶を準備し、ついでにアリルにもと机にカップを置いたとき、
「だから"アリるん"と呼ぶな。何遍行ったら覚えるんだ、お前は。バラして消し炭にして晒されたいか」
書類はひと段落ついたのか、用意したお茶を手に取りつつ、ギロリと目が逢うだけで殺せそうな視線を向けてくるアリルに対して、
「どれもノーセンキューだよ、アリるん。それと質問に対しての答え、くれてもいいいと思うんだけど?」
着ているローブを摘まみ、ひらひらさせ、受け流す、危機感ゼロのマツリ。
そもそも三国同盟が成ったとはいえ、各国の重要な施設に入るには現在でも各方面からの紹介状、許可証等それ相応の手順が必要であり、マツリの現在の状態は「やましいです、怪しいです、非公式です」と言外に伝わる気がするのだが。
「別にやましいことがあったわけじゃない、手続きが面倒だったんだ。あと裏返しのやつが急に休暇取りやがったせいで人手不足。小間使い程度ならいいが、この手の書類ともなればそうもいかない。ある程度の事情を把握できる人間が欲しかったので、ご足労願ったわけだ。その服装は私のお下がりを着れるとは思わなかった真心だ、ありがたく思え」
二人の体格差、身長差も多少あるが、局所的なサイズ差(主に胸部に関して)が圧倒的に違うので、アリルのお下がりを着た場合は悲しい現実が待っていることは想像に難くない。
「概ね分かったことにしとくけど、その"裏返し"ってだれ?話の流れ的にはアリるんの補佐?セージキャッスルに副学長とかあるんだっけ?先の戦争に関する資料作成を手伝えるとなると、偉い人でしょ?"裏返し"なんて人、聞いたことないよ?」
先の戦争では今まで名前しか知らなかった各国の有名人・要職人が
表舞台に引っ張り出されることになり、マツリや菫吏なども不本意ながら名と顔が広まったのだが、"裏返し"という名に該当する人物に心当たりはなく、となると戦争に直接かかわらない文官の偉い人ではないかと推察したのだが、
「偉い人?はっはっは、笑わせるにしては面白くないぞ、マツリ
その白い服の下の皮膚を裏返して白のローブ、紅白裏返してやろうか?"裏返し"は本当は"表裏虐殺/リバースカルネージ"と呼ばれているな。あまり表に出てないというか、他国にまではまださほど広まっていない名だと思うがね」
目が全く笑っていないアリルの気押されるマツリ。
何やら触れてはいけない部分があった様子である。
「アリるん、裏返しがそのまま逝くとゲシュタルト崩壊しそうだよ。りばーすかるねーじ?呪文の特性が反転するとか?アリるんのは合体?させてたけど、そういうことって出来るの?」
「実際、見た方が早いとは思うがお前がアレに会う機会に想像がつかないので、説明が難しいな。本人曰くだが、"指を曲げられない訳がないのだから魔法も曲がる"だそうだ。曲がる言っても、ウォーロックのクリムゾンロックのような自動追尾型魔法とは訳が違うぞ。言わずとしたことも分からなくもないが……マツリ、魔法操作応用解釈理論とか属性操作とか聞きたいか?ちなみに基礎からはじめた場合の講義時間が二日くらいかかるが説明する分には構わないが、寝たら殴るぞ……コレで」
そう言って両手を見覚えのある構えをとるアリル。
「アリるん、ツインスペルフィスト拳骨とか当たったら居眠り通り越して永眠しちゃうよ!遠慮する!」
思わず全力で首を横に振るマツリ。
実際、コインの裏表のように簡単出来るものではないので術式操作自体が可能かどうかはさておき。
理論としては理解しているが、それを魔法専門職でないものに説明するとなると基礎、属性、応用、操作、指向性などなど説明する部分が多岐に広がりすぎるので、アリルの告げた「二日」は丸二日間を完全に費やし、最短で説明した場合になるので、実際は倍以上かかることを告げる必要はあるまい。
というのがアリルの内心であった。
「拳骨といえば、お前いつぞやの右ストレートは相当キいたが、何でレンジャーがあんな腰の入った→ストレートを打てたんだ。というかレンジャーだろ!弓使え!矢撃て!狙い撃てよ!」
未だに過去に自分を破ったマツリの所業に納得がいっていない様子。
詳しくは三国戦争本編を参照。
「あの至近距離の状況であれば、アリるんほどの実力の人間にでも射てることは出来るけど、射てるだけじゃ済まないと思ったからだよ。腰の入ったというか威力に関してはクラスター1箱分だし。それにしたって方向を確保できない空間での爆砕だから威力死んでるけどね」
実際、あの場での選択肢は二つ。
一つ目は複数回の攻撃でバキュームエクストリームを貫通させ、その先にいるアリルを止める。
二つ目はバキュームエクストリームの内部からアリルの行動を止める。
一つ目の方法を選ばなかった理由は「威力が殺しきれずにアリルに攻撃が当たる」からだというのがマツリのいい分なのだが、聞いてるアリルにしては舐められているという感想しか浮かばない。
確かにあの時は距離が近かったし、盾に出来る遮蔽物はなかったが、かといって今までのマツリの技を見る限り止められない気もしない。
直撃コースならいざしらず、攻撃を逸らしてさえしまえば矢は魔法と違い、分裂することも曲がることもないはずだ。
複数回と言われても問題はないと思ったアリルだったが、
「アリるん、ローグ系スキルの"ダブルアタック"って知ってるよね?連撃するためのものなんだけど。それがレンジャーが弓矢で出来たらどう思う?、レンジャーのすごいマイナーなスキルにそれと似たような"フィアーブリーズ"っていうものがあるんだけどね。各国旅行中に暇だったんで覚えたんだけど、最大で初動含めて5連くらいまで行けるよ。でもあの位置からやったら………さすがに危なくない?」
「遠距離攻撃に連撃を追加するだと?それはチートだろ。カタパルトでも背負って打つとでも言うのか。しかも5連だと?馬鹿も休み休み言え」
「やっぱり、信じないしー。まぁ5連続を全部当てるのは無理だとしても、あの距離なら動きは止められるんじゃないかと思ったんだよ。止めるで済めばいいけど、きっとすまないし?それはイヤだったからね二つ目の方法にしたんだよ」
こと弓やスキル関してだけ言うのであれば、ウォーグに騎乗したまま弓を使い、本来であれば片方しか使役できない、ファルコンとウォーグを共に連れているマツリなので、それくらいの非常識は出来るかもしれない。
「改めて見るとマツリ、お前って無茶苦茶だよな。バカのくせに」
しみじみと少し冷めてしまったお茶を飲みながら言うアリルは一応納得?したようだが 、
「バカってひどいな!アリるん!そりゃ頭はそんな良くないけどさ!」
何故か急にバカと言われ、思わずその後も反論しようと声をあげた瞬間、
バンッ!
「うるさいですわよ!何を騒いでいるのですか!?騒々しい!」
両開きのドアを叩きつけるように勢いよく開けて入室してくる、一人の女性。
女性は大股でつかつかとマツリを通り過ぎ、アリルに近づき不機嫌そうな表情で更に口を開いた。
「随分楽しそうでしたわね、おかげ様で休暇が終わってしまった現実をひしひしと感じましたわ。
パティシア室長、ここは部外者立ち入り禁止ですのよ?この見慣れない少年は誰ですの?」
突然の入室、発言に、傍にいたマツリ扮するヒオウに訝しげな視線を向けてくる女性に対し、アリルは面倒そうに手を振り、一同に視線を向けさせると、
「そいつは臨時のあたしのアシスタントをやらせてるヒオウ=ナノスイだ。どっかの誰かさんが忙しい時期に休暇をとったので猫の手代わりに手伝わせたのさ。おかげ様で"私の仕事は"無事終了したがね。案外使える猫で助かった。おい、ヒオウ。そこの本棚の右から3番目、上から2段目の本をプロンテラに届けてくれ。 それでお前の仕事は終了だ。そのまま上がっていいぞ」
しっしっと追い出すような手振りをしているので、マツリはそのまま言われた通り本棚から本を抜き
逃げ出すように扉へと向かった。
気になったのは"私の仕事は"というセリフだが、ここでツッコミを入れる余裕はマツリにはなかった。
「何ですのその態度は!?人が折角休暇が終わった足でそのまま来たというのに!心配するだけ損でしたわ…!大体あなたはいつもいつも……!」
バタンッ!
扉を締める最後の瞬間まで、女性のヒステリックな発言は続いていた。
アリルの面倒そうな表情、そしてセージキャッスルのトップに位置する彼女に、あそこまで強く発言する力を持つ者はそうそういないだろう。
マツリはそこから、彼女が先程の話に出て来た"裏返し"なる人物であることが容易に想像できた。
「アリるんも大変なんだな……さて、お目当てのものも手に入ったし、飛行船に乗ってルーンミッドガッツへ帰らないと」
小言を呟きながら、ふと手にした本に目をやり、パラパラとそのページをめくる。
薄い紙で出来た軽目の印象を与える本。しかし、驚くべきはそのページ数だった。
材質自体は薄いのだが、軽く1000を越えるであろうページの厚さ、重量感がマツリの腕にのし掛かる。
何とか肩から下げていたバッグに押し込み、セージキャッスルを後にしようとした。
だが、マツリの表情は外の日差しを受けると同時に一変する。
ドガァンッ!
「………はっ?」
平和なジュノーの街に不釣り合いな効果音。
更に、目の前に広がる壊れた像、穴の空いた石畳に、己の目を疑い、開いた口が塞がらない。
その傷跡を追うように目を向けると、
「な、何で追って来るんですか!?」
ガキィンッ!
一人は女性だった。
その身を鎧と布で包んだ正装。
そこから女性がルーンナイトであると予想できる。
何より、風に靡く緑色の髪には非常に"見憶えがあった"。
女性は何かに追われるように逃げ、身の丈程ある大きな"鎌"、クレセントサイダーを手にしている。
「いやいや、我が妻よ。それはこちらのセリフです。何故逃げるんですか?私は己の非を認め、あなたに謝罪をしようとしているだけなのに」
彼女の大鎌による攻撃を、手にした弦楽器によって受け止める男。
ニヤニヤと不気味な程の笑みを浮かべるその男は、"謝罪"という言葉を免罪符に、ジリジリと女性との距離を詰めて行く。
とても本人の行動にその意が含まれているとは思えない。
「だ、だから!あなたが他の女性とお茶しようがデートしようが!私は何も気にしてないって言ってるじゃないですか!ていうかまた妻って決め付けたな!?」
「またそんな事を言って。見逃し、もとい聞き逃しませんでしたよ?あなたの心が乱れる音を」
(………うわぁ……)
マツリは心の中でそう呟きたくなる感情を抑えずにはいられなかった。
勘違い、言うなれば痴話喧嘩もいいところである。
更に言えば、我が"姉"にもついに春がきたのかと思えば、微笑ましい事この上ないのだが。
「……またやってんのか」
「あれ、アリるん?裏返しさんの相手はもういいの?」
背後には何時の間にかアリルが立っていた。
裏返しという単語にピクリと眉目を動かしつつも、彼女は口を開く。
「あぁ、残りの書類整理を全部プレゼントしてきた。タップリ休んでくれたお礼だ。有難く思ってほしいものだな」
「いや、それ押し付けてきたの間違いでしょ?」
セージキャッスルの中からは、何やら女性が罵声を轟かせている。
ああ、あちらさんも可哀想に。
「……ところで、"また"ってことは、いつもこんな感じなの?」
「ここの所三日に一度はやってるな。仮にもこの国のトップに位置する者と、騎士団の小隊を率いる猛者だ。誰も止めるに止められんのだろう。だが、流石に今日のはやり過ぎだな………おい、マツリ、そのファブリーズだか何だか知らんが、それであいつらを止めろ」
自分でやればいいのに。
という言葉をマツリは発しなかった。
技を見せるいい機会でもあり、何よりこれは身内の不始末に近いものである。
ガシャンッ!
マツリは折りたたみ、服に隠し持っていたイクシオンの羽を開き、その弦に複数の矢を装填した。
「……ほう…」
その様子をまじまじと見つめるアリル。
それを横目に、マツリは弓を引き絞った。
ビュンッ!
次の瞬間、マツリの手から一気に矢が放たれ、つばぜり合いを繰り返す二人に襲い掛かる。
ドドドドドドドッ!
「なっ…!?」
「おぉ?」
それは見事に二人の衣服を貫くように命中し、壁に拘束する。
「じゃ、後はよろしくねアリるん」
「あ、おい。というかその呼び方をやめろと……」
何が起こったのか分からない二人、そして関心するアリルを横目に、マツリはそそくさとその場を後にした。
「この矢は…?って、アリルさん!?」
彼女も気付いたのだろうか。
しかし、自分に向けられた矢を見、考える間にアリルと目が逢う。
「痴話喧嘩はその辺にしておけ。"ダズ"、"リィン"」
「そうですね。妻も動けなくなったことですし、調度いいでしょう」
そして、何時の間にか矢の拘束を抜け出し、身動きの取れぬダズに接近するリィン。
両指をワキワキと動かし、怪しげな表情を浮かべていた。
「…ひっ!?ギャアアアアアアアッ…!!」
ジュノーの街に、女性の悲鳴が木霊した。
後日談ではあるが、目的の本は少女"ヒナノ・N・ローウェル"へ無事渡すことができたのだが、ただ本を借りるだけのつもりだったので、目的も場所も告げずに居所が分からなくなった姪の姿を「うちのマツリがグレた!?」といいつつ探す某ギルドマスターの姿があったとかないとか。
三国戦争編の裏話をどうぞ。
(どうしてこうなった……)
先程から自分の頭をめぐるのは、その一言のみである。
「おい、"ヒオウ"。何をボケっとしてるんだ。テキパキ進めろ。次はこっちだ」
藍色の髪をかきあげて、セージキャッスルの若き主が指示を出す。
その対面のテーブル先には、男性セージ用のローブに身を包み、金髪をうなじのあたりでくくった少年。
もとい、顔立ちや身のこなしからして"少女"であろうか。
その若き主の幻想の羽ギルド、一時預かり"ヒオウ=ナノスイ"。
この物語の主軸となる彼女。
"に変装した"、プロンテラ王国WaterCarnivalギルド所属のレンジャー"マツリ=キサラギ"が、目の前に山積みにされた書類を見、呆然とする姿が其処にはあった。
事の発端は些細なことである。
以前、街で流行っていた書物。
その名も"境界線上のカプラ伝説"。
極東の地にある"天津"の国を舞台に、修行の身にあるカプラ達がいる学園を取り巻く騒動を描いた、ファンタジー小説である。
最近、続編が出たこともあり、その作品の一巻が図書館に入荷したそうだ。
それを是非とも目にしてみたいと零していた、とある"おてんば娘の"ささやかな我儘。
少女は一身上の都合で、気軽に書店や図書館といった"表"に出ることができない。
かと言って、誰か人を使うような大げさなことでもない。
「買ってこようか?」という提案に、少女は首を縦に振らなかった。
ならば「借りてくるのなら問題ないかな?」と提案すれば、首を縦に振ったのだ。
そんな我儘を聞いてあげようと、マツリは滅多に行かない図書館へと足を向けたのがきっかけである。
プロンテラ図書館の蔵書量をマツリは詳しく知らなかったが、少女曰く「絶版や何か特殊な理由がない限り、国中の本が納められている」とのこと。
以前、個人的に受けた仕事でプロンテラ・ジュノー両国の図書館へ入ったことはあり、確かにもの凄まじい量の本だったことは記憶していたので「プロンテラになかったらジュノーに行けばいいかなー」程度に、ふんふんと鼻歌なんぞ歌いながら、ちょっとした観光気分に浸りながらプロンテラ図書館に入れば、なんとお目当てのものは貸出中。
続巻が発表されたこともあり、予約者だけで数週間待ちの状態。
ジュノー図書館も似たような状態とついでに教えられ、これは困ったものである。
大見栄を切った手前、いくら何でも手ぶらでは格好悪すぎると考えていると、
「その本なら持ってるから、貸してやろうか?」
何ともありがたい申し出が後方から聞こえ、正直テンパっていたマツリは、相手を確かめずに「是非!」と返事をし、改めて相手の貌を確認しようと振り返ると、
「よう、奇遇じゃないか」
ジュノー所属であり、立場的には"偶然いるはずのない人物"。
いたずらが成功したチャシャ猫のようにニヤニヤと笑みを浮かべた
ソーサラー・"アリル=パティシア"の姿がそこにあった。
「貸してもらうレンタル料代わりに仕事を手伝え」
その条件のため、冒頭へと戻るのだが。
仕事というのは、書類整理と資料集めといった事務作業。
それだけなら、マツリとしては文句はなかった。
事務作業は得意ではないが、ギルドに所属している関係上、書面作成はどうしてもついて回るものであり、三か国同盟後はサブマスターである姉・ダズが最近他国に行ってしまっていることもあり叔父のタイタンがそれのサポートをしているので、多少の心得はあるので問題はない。
しかし現在の状態は如何なものであろう。
「なんで男装して偽名まで名乗らなくちゃいけないの?アリるん」
仕事はさておき、現在の自分の姿には納得がいかない。
という思いを込めて視線を向けるが、「アリるん」と呼ばれたから返事をしないのか、それともそれどころではないのか、黙々と書類を片付ける姿があり、よくよく聞いてみれば、
「最前線に出ていたアタシが知るか」
「自国のものすら管理できていない無能が」
「侵入されたのはお前らの落ち度だろう。他国に責を求めるな」
「このロリコンどもめ」
最後の言葉は最早私事と言えるようなものだが、国際問題ところか第二次三国戦争が起きそうなほど物騒なことを言っている、セージキャッスルの若き主である彼女。
ちなみに書類の山は始めた頃に比べれば減っているのだが、反比例して彼女の眉間の皺は増えている。
(これは結構キテるな……)
マツリは内心思わず冷や汗をかいた。
書類整理、資料探しを手伝っているので簡単なことは把握できたが、現在アリルが行っているのは先の大戦の際に起きた"ラヘル神殿爆破テロ"に関してである。
ジュノー・セージキャッスルとしてはその件については預かり知らぬことである。
ということを延々と小難しそうな文章と必要な書面へのサインを作成している。
マツリとアリルは所属国は違えど、その事件が起きた頃には国境間際にあり、またその際に多くの部下を伴っていたことから証言も確かで、介入が不可能である。
というのがプロンテラ/前線一同からの正式な回答で、ジュノーも似たようなもの。
爆破をしたのは三か国戦争中に動けた別のテロ組織ではないか?というのが、プロンテラ・ユノンからの意見を訊いたのは少し前のこと。
立場のある人は何かと大変なのか、この話を聞いたときユノン様の貌が若干、引きつり気味だったので覚えていた。
(余談だが、事の真犯人はマツリの、彼女の叔父"タイタン"であり、潜入を指示したのはユノン本人である。勿論ユノンにそのようなつもりはなかったのだが。結果こうなってしまった以上、二人は未だこの事実を隠蔽しようとしている。マツリはその事をこの段階では知らない。詳しく三国戦争編おまけを参照)
そんな記憶の引き出しを漁りつつ、一息入れるためのお茶を準備し、ついでにアリルにもと机にカップを置いたとき、
「だから"アリるん"と呼ぶな。何遍行ったら覚えるんだ、お前は。バラして消し炭にして晒されたいか」
書類はひと段落ついたのか、用意したお茶を手に取りつつ、ギロリと目が逢うだけで殺せそうな視線を向けてくるアリルに対して、
「どれもノーセンキューだよ、アリるん。それと質問に対しての答え、くれてもいいいと思うんだけど?」
着ているローブを摘まみ、ひらひらさせ、受け流す、危機感ゼロのマツリ。
そもそも三国同盟が成ったとはいえ、各国の重要な施設に入るには現在でも各方面からの紹介状、許可証等それ相応の手順が必要であり、マツリの現在の状態は「やましいです、怪しいです、非公式です」と言外に伝わる気がするのだが。
「別にやましいことがあったわけじゃない、手続きが面倒だったんだ。あと裏返しのやつが急に休暇取りやがったせいで人手不足。小間使い程度ならいいが、この手の書類ともなればそうもいかない。ある程度の事情を把握できる人間が欲しかったので、ご足労願ったわけだ。その服装は私のお下がりを着れるとは思わなかった真心だ、ありがたく思え」
二人の体格差、身長差も多少あるが、局所的なサイズ差(主に胸部に関して)が圧倒的に違うので、アリルのお下がりを着た場合は悲しい現実が待っていることは想像に難くない。
「概ね分かったことにしとくけど、その"裏返し"ってだれ?話の流れ的にはアリるんの補佐?セージキャッスルに副学長とかあるんだっけ?先の戦争に関する資料作成を手伝えるとなると、偉い人でしょ?"裏返し"なんて人、聞いたことないよ?」
先の戦争では今まで名前しか知らなかった各国の有名人・要職人が
表舞台に引っ張り出されることになり、マツリや菫吏なども不本意ながら名と顔が広まったのだが、"裏返し"という名に該当する人物に心当たりはなく、となると戦争に直接かかわらない文官の偉い人ではないかと推察したのだが、
「偉い人?はっはっは、笑わせるにしては面白くないぞ、マツリ
その白い服の下の皮膚を裏返して白のローブ、紅白裏返してやろうか?"裏返し"は本当は"表裏虐殺/リバースカルネージ"と呼ばれているな。あまり表に出てないというか、他国にまではまださほど広まっていない名だと思うがね」
目が全く笑っていないアリルの気押されるマツリ。
何やら触れてはいけない部分があった様子である。
「アリるん、裏返しがそのまま逝くとゲシュタルト崩壊しそうだよ。りばーすかるねーじ?呪文の特性が反転するとか?アリるんのは合体?させてたけど、そういうことって出来るの?」
「実際、見た方が早いとは思うがお前がアレに会う機会に想像がつかないので、説明が難しいな。本人曰くだが、"指を曲げられない訳がないのだから魔法も曲がる"だそうだ。曲がる言っても、ウォーロックのクリムゾンロックのような自動追尾型魔法とは訳が違うぞ。言わずとしたことも分からなくもないが……マツリ、魔法操作応用解釈理論とか属性操作とか聞きたいか?ちなみに基礎からはじめた場合の講義時間が二日くらいかかるが説明する分には構わないが、寝たら殴るぞ……コレで」
そう言って両手を見覚えのある構えをとるアリル。
「アリるん、ツインスペルフィスト拳骨とか当たったら居眠り通り越して永眠しちゃうよ!遠慮する!」
思わず全力で首を横に振るマツリ。
実際、コインの裏表のように簡単出来るものではないので術式操作自体が可能かどうかはさておき。
理論としては理解しているが、それを魔法専門職でないものに説明するとなると基礎、属性、応用、操作、指向性などなど説明する部分が多岐に広がりすぎるので、アリルの告げた「二日」は丸二日間を完全に費やし、最短で説明した場合になるので、実際は倍以上かかることを告げる必要はあるまい。
というのがアリルの内心であった。
「拳骨といえば、お前いつぞやの右ストレートは相当キいたが、何でレンジャーがあんな腰の入った→ストレートを打てたんだ。というかレンジャーだろ!弓使え!矢撃て!狙い撃てよ!」
未だに過去に自分を破ったマツリの所業に納得がいっていない様子。
詳しくは三国戦争本編を参照。
「あの至近距離の状況であれば、アリるんほどの実力の人間にでも射てることは出来るけど、射てるだけじゃ済まないと思ったからだよ。腰の入ったというか威力に関してはクラスター1箱分だし。それにしたって方向を確保できない空間での爆砕だから威力死んでるけどね」
実際、あの場での選択肢は二つ。
一つ目は複数回の攻撃でバキュームエクストリームを貫通させ、その先にいるアリルを止める。
二つ目はバキュームエクストリームの内部からアリルの行動を止める。
一つ目の方法を選ばなかった理由は「威力が殺しきれずにアリルに攻撃が当たる」からだというのがマツリのいい分なのだが、聞いてるアリルにしては舐められているという感想しか浮かばない。
確かにあの時は距離が近かったし、盾に出来る遮蔽物はなかったが、かといって今までのマツリの技を見る限り止められない気もしない。
直撃コースならいざしらず、攻撃を逸らしてさえしまえば矢は魔法と違い、分裂することも曲がることもないはずだ。
複数回と言われても問題はないと思ったアリルだったが、
「アリるん、ローグ系スキルの"ダブルアタック"って知ってるよね?連撃するためのものなんだけど。それがレンジャーが弓矢で出来たらどう思う?、レンジャーのすごいマイナーなスキルにそれと似たような"フィアーブリーズ"っていうものがあるんだけどね。各国旅行中に暇だったんで覚えたんだけど、最大で初動含めて5連くらいまで行けるよ。でもあの位置からやったら………さすがに危なくない?」
「遠距離攻撃に連撃を追加するだと?それはチートだろ。カタパルトでも背負って打つとでも言うのか。しかも5連だと?馬鹿も休み休み言え」
「やっぱり、信じないしー。まぁ5連続を全部当てるのは無理だとしても、あの距離なら動きは止められるんじゃないかと思ったんだよ。止めるで済めばいいけど、きっとすまないし?それはイヤだったからね二つ目の方法にしたんだよ」
こと弓やスキル関してだけ言うのであれば、ウォーグに騎乗したまま弓を使い、本来であれば片方しか使役できない、ファルコンとウォーグを共に連れているマツリなので、それくらいの非常識は出来るかもしれない。
「改めて見るとマツリ、お前って無茶苦茶だよな。バカのくせに」
しみじみと少し冷めてしまったお茶を飲みながら言うアリルは一応納得?したようだが 、
「バカってひどいな!アリるん!そりゃ頭はそんな良くないけどさ!」
何故か急にバカと言われ、思わずその後も反論しようと声をあげた瞬間、
バンッ!
「うるさいですわよ!何を騒いでいるのですか!?騒々しい!」
両開きのドアを叩きつけるように勢いよく開けて入室してくる、一人の女性。
女性は大股でつかつかとマツリを通り過ぎ、アリルに近づき不機嫌そうな表情で更に口を開いた。
「随分楽しそうでしたわね、おかげ様で休暇が終わってしまった現実をひしひしと感じましたわ。
パティシア室長、ここは部外者立ち入り禁止ですのよ?この見慣れない少年は誰ですの?」
突然の入室、発言に、傍にいたマツリ扮するヒオウに訝しげな視線を向けてくる女性に対し、アリルは面倒そうに手を振り、一同に視線を向けさせると、
「そいつは臨時のあたしのアシスタントをやらせてるヒオウ=ナノスイだ。どっかの誰かさんが忙しい時期に休暇をとったので猫の手代わりに手伝わせたのさ。おかげ様で"私の仕事は"無事終了したがね。案外使える猫で助かった。おい、ヒオウ。そこの本棚の右から3番目、上から2段目の本をプロンテラに届けてくれ。 それでお前の仕事は終了だ。そのまま上がっていいぞ」
しっしっと追い出すような手振りをしているので、マツリはそのまま言われた通り本棚から本を抜き
逃げ出すように扉へと向かった。
気になったのは"私の仕事は"というセリフだが、ここでツッコミを入れる余裕はマツリにはなかった。
「何ですのその態度は!?人が折角休暇が終わった足でそのまま来たというのに!心配するだけ損でしたわ…!大体あなたはいつもいつも……!」
バタンッ!
扉を締める最後の瞬間まで、女性のヒステリックな発言は続いていた。
アリルの面倒そうな表情、そしてセージキャッスルのトップに位置する彼女に、あそこまで強く発言する力を持つ者はそうそういないだろう。
マツリはそこから、彼女が先程の話に出て来た"裏返し"なる人物であることが容易に想像できた。
「アリるんも大変なんだな……さて、お目当てのものも手に入ったし、飛行船に乗ってルーンミッドガッツへ帰らないと」
小言を呟きながら、ふと手にした本に目をやり、パラパラとそのページをめくる。
薄い紙で出来た軽目の印象を与える本。しかし、驚くべきはそのページ数だった。
材質自体は薄いのだが、軽く1000を越えるであろうページの厚さ、重量感がマツリの腕にのし掛かる。
何とか肩から下げていたバッグに押し込み、セージキャッスルを後にしようとした。
だが、マツリの表情は外の日差しを受けると同時に一変する。
ドガァンッ!
「………はっ?」
平和なジュノーの街に不釣り合いな効果音。
更に、目の前に広がる壊れた像、穴の空いた石畳に、己の目を疑い、開いた口が塞がらない。
その傷跡を追うように目を向けると、
「な、何で追って来るんですか!?」
ガキィンッ!
一人は女性だった。
その身を鎧と布で包んだ正装。
そこから女性がルーンナイトであると予想できる。
何より、風に靡く緑色の髪には非常に"見憶えがあった"。
女性は何かに追われるように逃げ、身の丈程ある大きな"鎌"、クレセントサイダーを手にしている。
「いやいや、我が妻よ。それはこちらのセリフです。何故逃げるんですか?私は己の非を認め、あなたに謝罪をしようとしているだけなのに」
彼女の大鎌による攻撃を、手にした弦楽器によって受け止める男。
ニヤニヤと不気味な程の笑みを浮かべるその男は、"謝罪"という言葉を免罪符に、ジリジリと女性との距離を詰めて行く。
とても本人の行動にその意が含まれているとは思えない。
「だ、だから!あなたが他の女性とお茶しようがデートしようが!私は何も気にしてないって言ってるじゃないですか!ていうかまた妻って決め付けたな!?」
「またそんな事を言って。見逃し、もとい聞き逃しませんでしたよ?あなたの心が乱れる音を」
(………うわぁ……)
マツリは心の中でそう呟きたくなる感情を抑えずにはいられなかった。
勘違い、言うなれば痴話喧嘩もいいところである。
更に言えば、我が"姉"にもついに春がきたのかと思えば、微笑ましい事この上ないのだが。
「……またやってんのか」
「あれ、アリるん?裏返しさんの相手はもういいの?」
背後には何時の間にかアリルが立っていた。
裏返しという単語にピクリと眉目を動かしつつも、彼女は口を開く。
「あぁ、残りの書類整理を全部プレゼントしてきた。タップリ休んでくれたお礼だ。有難く思ってほしいものだな」
「いや、それ押し付けてきたの間違いでしょ?」
セージキャッスルの中からは、何やら女性が罵声を轟かせている。
ああ、あちらさんも可哀想に。
「……ところで、"また"ってことは、いつもこんな感じなの?」
「ここの所三日に一度はやってるな。仮にもこの国のトップに位置する者と、騎士団の小隊を率いる猛者だ。誰も止めるに止められんのだろう。だが、流石に今日のはやり過ぎだな………おい、マツリ、そのファブリーズだか何だか知らんが、それであいつらを止めろ」
自分でやればいいのに。
という言葉をマツリは発しなかった。
技を見せるいい機会でもあり、何よりこれは身内の不始末に近いものである。
ガシャンッ!
マツリは折りたたみ、服に隠し持っていたイクシオンの羽を開き、その弦に複数の矢を装填した。
「……ほう…」
その様子をまじまじと見つめるアリル。
それを横目に、マツリは弓を引き絞った。
ビュンッ!
次の瞬間、マツリの手から一気に矢が放たれ、つばぜり合いを繰り返す二人に襲い掛かる。
ドドドドドドドッ!
「なっ…!?」
「おぉ?」
それは見事に二人の衣服を貫くように命中し、壁に拘束する。
「じゃ、後はよろしくねアリるん」
「あ、おい。というかその呼び方をやめろと……」
何が起こったのか分からない二人、そして関心するアリルを横目に、マツリはそそくさとその場を後にした。
「この矢は…?って、アリルさん!?」
彼女も気付いたのだろうか。
しかし、自分に向けられた矢を見、考える間にアリルと目が逢う。
「痴話喧嘩はその辺にしておけ。"ダズ"、"リィン"」
「そうですね。妻も動けなくなったことですし、調度いいでしょう」
そして、何時の間にか矢の拘束を抜け出し、身動きの取れぬダズに接近するリィン。
両指をワキワキと動かし、怪しげな表情を浮かべていた。
「…ひっ!?ギャアアアアアアアッ…!!」
ジュノーの街に、女性の悲鳴が木霊した。
後日談ではあるが、目的の本は少女"ヒナノ・N・ローウェル"へ無事渡すことができたのだが、ただ本を借りるだけのつもりだったので、目的も場所も告げずに居所が分からなくなった姪の姿を「うちのマツリがグレた!?」といいつつ探す某ギルドマスターの姿があったとかないとか。
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